徒然と書いていこう

2018年08月09日

感覚と理論。

鍼灸とは鍼を身体に刺して(触れて)生体の変化を伴わせるものです。

感覚的な鍼と理論的な鍼。

どちらかに非常に偏っている場合、名人と呼ばれることもあるようです。

感覚的な鍼の意味合いは2つあり、

大きな意味では「鍼をする場所を自身の感覚で決める」 (例:この辺気になるなー)
小さな意味では「鍼をしている間の鍼先の感覚」 (気を感じるとかそういうの)

理論的な鍼にも意味合いは2つあり、
大きな意味では「鍼をする場所を理論に基づいて決める」(筋肉の付き方、位置とか東洋医学的な理論)
小さな意味では「解剖学的な位置に鍼を勧める」

となるかもしれません。(あくまでも主観なんで)

さて、感覚的な鍼というのは一歩間違えると「かんちがい」になり、ただのでたらめになる危険が伴います。
ある程度の理論を修めてから感覚を磨いていくことが、「かんちがい」を防ぐとともにコンスタントに結果を出せるようになります。

逆に感覚をおろそかにして、理論的な鍼ばかりになると、「効きません」

理論の正しさと、鍼の技術は一致しません。本を読めば誰にでもできるものではありません。
ツボの感覚、違和感、なんとなくといったあいまいなところ。そして、勘。というか直観。(思い込みの場合もあるので注意が必要)

ただ、理論的な正しさは必要です。これがないと「私がそこに鍼を打ちたいから打つ」とか。「ここに鍼を打たれたがっている」などと主観のみになります。当然、その勘が当たっていればいいのですが、その勘が外れたとき(の方が多い)どうすればいいか途方に暮れることになります。

そのような意味では理論をある程度知っていないと、肩こり腰痛の軽度なものはともかく、病気と言われる症状には手も足も出ないでしょう。

先日御来院された肩こりの患者様が、他院で「週に3回来ないと治らない!」といわれたそうです。流石に患者様もそれは無理と思ったらしく…
よくよく話を聞くと肩の凝ったところだけに鍼を受けていたらしく、そりゃあ週に3回ほどしないと変わらないだろうと私すら思いました。

そう、痛いところに自分の感覚だけで鍼をしているからです。原因を考えたり、経絡を考えたりしていないので、症状に対する「追っかけ鍼」になっているから効果が持続しないのと、症状がなくならないのです。

そんなことをしていれば治療院の患者様はすぐにいっぱいになってしまうでしょう。(現にいっぱいみたい)

原因にアプローチしていけば、肩こり程度なら月に1~2回もすればいいと思います。もしくは我慢が出来なくなったときに来ていただくという形を当院は取っておりますので、肩こりの患者様でご予約がいっぱい!ということはございません。

そう、感覚と理論が合わさっていないからそのようなことになるのです。

理論は読むべき本がたくさんありますが、東洋医学の本をしっかり何冊か読めば大体のものはつかめます。
感覚は自分の勘が正しかったか錯覚だったかをきっちりと区別していくことが大切です。自称名人になるほど恥ずかしいものはありませんからね。
また、鍼先の感覚というものは、釣りに似ています。餌を魚がぶるぶると咥えた感じにも似ています。

感覚と理論、面白い理論があると、実践してみたくなります。
新しい感覚があると本当に嬉しい。

そう、鍼灸はとっても面白いんです。

死ぬまで勉強と訓練です。


ではお盆明けに会いましょう。
posted by あけぼの at 21:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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